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山口地方裁判所宇部支部 昭和61年(ワ)8号 判決

原告

宇部善和養鶏農業協同組合

右代表者理事

藤本光彦

右訴訟代理人弁護士

新谷勝

昭和五九年(ワ)第一二号事件被告

山口信用金庫

右代表者代表理事

藤井喜壽

右訴訟代理人弁護士

塚田守男

昭和六一年(ワ)第八号事件被告

山口県信用保証協会

右代表者理事

松永常一

右両名訴訟代理人弁護士

塚田宏之

主文

一  原告に対し、

1  被告山口信用金庫は、別紙物件目録記載の各不動産につき、山口地方法務局宇部支局昭和五三年四月一五日受付第九六六二号をもってなした根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告山口県信用保証協会は、別紙物件目録記載の不動産のうち、(二)記載の建物を除く各不動産についてなされた前号の根抵当権設定登記の抹消登記をなすにつき承諾せよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録記載の各不動産(以下本件各不動産という)を所有する。

2  本件各不動産について、山口地方法務局宇部支局昭和五三年四月一五日受付第九六六二号をもって、原因同日設定、極度額金一億五〇〇〇万円とし、債権の範囲を信用金庫取引、手形小切手債権として、債務者を訴外三泰産業株式会社(以下訴外会社という)、根抵当権者を被告山口信用金庫(以下被告金庫という)とする根抵当権設定登記(以下本件各登記という)がなされている。

3  そして、本件各登記のうち、別紙物件目録記載(二)の建物についての根抵当権設定登記(以下(二)登記という)を除く各登記については、山口地方法務局宇部支局昭和五六年一月二九日受付第一八七二号をもって、原因同月二六日一部代位弁済、弁済額金三〇七〇万七六七一円とする、被告山口県信用保証協会(以下被告協会という)に対する根抵当権一部移転の付記登記が経由されている。

よって原告は、被告金庫に対し、本件各登記の抹消登記手続を求めるとともに、被告協会に対し、右登記のうち、(一一)登記を除く各登記の抹消登記をなすにつき承諾することを求める。

二  請求原因に対する認否

いずれも認める。

三  抗弁

被告金庫は、原告との間で、昭和五三年四月一五日、請求原因2掲記の本件各登記のとおりの内容で本件各不動産につき、根抵当権(以下本件各根抵当権という)設定契約を締結し、その旨本件各登記を経由した。

四  抗弁に対する認否

認める。

五  再抗弁

1  原告は、農業協同組合法により昭和三五年一二月二八日設立され、養鶏業者を組合員とする法人である。

2  原告の本件各根抵当権の設定は、組合員以外の訴外会社の債務について、原告組合の経済的基盤たる全財産をもってする物上保証である。

3  従って、本件各根抵当権の設定は、

一 農業協同組合法一〇条所定の組合が行いうる事業の範囲外若しくは原告組合の定款記載の事業の範囲外の行為であるから無効である。

二 営業の譲渡と同視しうるもので、組合存立にかかる重大事項であるから、商法二四五条の類推適用により、総会特別決議を要するのに右決議が存しない故、無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1、2の各事実は認める。

2  同3は争う。

訴外会社は、飼料販売を業とする会社で、昭和四三年頃から原告と取引を開始し、原告にとっては訴外会社が唯一の飼料供給先であったが、昭和五二年頃から養鶏業界は不況に見舞われ、訴外会社は原告に対する飼料代金の回収も困難となった。しかし、右取引の中で、訴外会社と原告は運命共同体とも言うべき密接な関係となり、また原告の扱う対象が鶏という生き物であることもあって、訴外会社は原告との取引を止めることもできず、原告に対し、資金面での便宜を図ったり、援助をして原告の事業継続に手を貸してこざるを得なくなり、その結果、訴外会社の原告に対する飼料代金等の債権額は金四億七三〇〇万円にものぼるに至った。

そこで、原告は、本件各根抵当権の設定により、訴外会社に融資を得しめて右債権の回収を図らせ、あるいはこれを前記援助の見返りとすることにより引き続き訴外会社の支援の下に事業継続をなそうとしたものである。

従って、本件各根抵当権の設定は訴外会社を利するためにのみなされたものでなく、むしろ主として原告の利益をはかるためのものであったから、農業協同組合法一〇条に反するものでないことは勿論、組合の活動上必要な行為に該り、定款記載の事業の範囲内の行為である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因及び抗弁事実並びに再抗弁1、2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、再抗弁3の(一)につき判断する。

1  農業協同組合法一〇条は農業協同組合が行うことができる事業を制限的に列挙し、同法二八条一項一号において、農業協同組合はその行うべき事業を定款に記載しなければならないと規定している。これは、農業協同組合が、相互扶助の精神に基づき農民である組合員の経済的社会的地位の向上を図ることを目的(同法一条)とする非営利法人であることから、その事業範囲を法定したうえ右範囲内で行うべき事業を定款に記載させることにより、農業協同組合の活動をその組合員のため法律及び定款所定の事業の範囲内に制限し、右の範囲内において当該農業協同組合が権利能力を有することを明らかにする(民法四三条)とともに、第三者の利益を害さないために当該組合の目的事業を公示することとしたものである。

従って、農業協同組合が農業協同組合法一〇条あるいは定款所定の事業の範囲外でなした行為は無効である。

2  而して、〈証拠〉によれば、原告組合の定款所定の事業は、

(一)  組合員の事業又は生活に必要な、資金の貸付、物資の供給、共同利用施設の設置

(二)  組合員の生産する物資の運搬・加工・貯蔵又は販売

(三)  組合員の養鶏に関する技術及び経営の向上を図るための教育に関する施設

(四)  組合員の事業上の災害の互助に関する事業

(五)  組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結

(六)  前各号の事業に付帯する事業

となっていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、右定款記載の事業がいずれも、農業協同組合法一〇条に法定する事業の範囲内であることは明らかである。

3  そこで、本件根抵当権の設定が右定款所定の事業の範囲外の行為か否かにつき考察する。

農業協同組合がなした行為は、定款所定の事業自体には含まれなくても、事業遂行に必要な行為である限り、事業の範囲内に属す(本件では付帯事業の定めがある)べきところ、事業遂行に必要な行為であるか否かは、定款所定の事業自体から観察して客観的抽象的に考察すべきであり、当該行為についての組合代表者の主観的意図やその行為が組合にとって有利であるかどうかなどの基準によって判定すべきものではない。

而して、農業協同組合法一〇条六項二号により、組合員の貯金又は定期積金の受入事業を行う組合は、組合員のために、国、地方公共団体若しくは定款で定める金融機関に対して組合員の負担する債務の保証をすることができるものとされ、組合において債務の保証を事業として行いうる場合が限定されているところ、原告組合の定款には、何等かの人的保証あるいは物的保証に関わる事業の記載がないことは勿論、組合員の貯金又は定期積金の受入を事業とする旨の記載すらなく、しかも本件根抵当権設定が、組合員でない訴外会社の債務を物上保証したものであることは前示認定のとおりである。

以上の点に照らすと、本件根抵当権設定は、原告組合の経済的基礎を危うくせず、組合員の利益に反しないもので、組合の本来の業務遂行に必要不可欠なものと言えるような特段の事情がある場合でない限り、組合の事業遂行のため必要な範囲を逸脱するものとして無効と言うほかない。

4  そこで次に、右の特段の事情があるかどうかにつき検討する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  訴外会社は飼料販売を業とする(特約店)会社であり、昭和四三年一〇月頃から原告に飼料を専属的に継続して販売するようになったが、飼料供給のみならず、右取引開始に際し原告の若干の借金を代位弁済したり、鶏卵販売や機材設備整備の便宜を図るなど、原告との結び付きを深めた。

(二)  その後原告は、訴外会社の飼料価格が他よりも高いことに不満を示し、他の飼料販売会社と取引することを検討したが、訴外会社において飼料代金の支払期日を相当程度繰り延べることを条件として出してきたことから、訴外会社との取引は続行されることになった。

(三)  しかしながら、原告が飼料代金支払のため訴外会社に振り出していた約束手形を原告において期日に決済できず、訴外会社が代わって決済することが度重なるようになり、原告の訴外会社に対する債務が累積したため、原告は訴外会社に対し、右債務を担保するため本件各不動産につき、昭和四四年三月に設定した極度額金三五〇〇万円の根抵当権に加え、昭和五一年一〇月六日、極度額金二億円とする根抵当権を設定した。

(四)  本件各不動産は原告が組合員に賃貸している鶏舎及び原告事務所等とその敷地であって、原告の全資産にあたり、その存在は原告組合の存立にかかわるものである。

(五)  その後もさらに、原告の訴外会社に対する累積債務は増大して金三億円を越すようになり、訴外会社は原告の外にも、訴外株式会社農産社などに同様の多額の未回収債権を有し、自らの資金繰りに支障を来すようになったことから、原告の物上保証を得て被告からの融資枠を広げてもらうこととし、昭和五三年四月一五日、原告に本件根抵当権設定をさせるとともに、被告に(三)記載の各根抵当権の順位を譲り、以後約一億円の融資を被告から受けた。

(六)  そして、訴外会社は昭和五三年頃からは、原告に対する債権回収のため、原告振出の白地手形を原告から徴して他で手形割引してもらい自らの資金繰りに利用するようになり、昭和五七年三月、原告と訴外会社間で、原告の訴外会社に対する債務額が約四億七〇〇〇万円と確認されたが、これは、右手形決済の立替金も含める一方、本件根抵当権設定により訴外会社が被告から借り入れた金額は控除しないまま算出されている。

なお訴外会社は被告からの右借入金を返済することなく、昭和五五年一〇月和議申請し、和議会社となっている。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

そして、右認定したところによると、原告と訴外会社は相当密接な関係を有するに至っているものの、運命共同体と言えるほどの関係にまでなっていないことは明らかであり、訴外会社の経済的苦境を救うことが直ちに原告の利益につながるとは言いがたく、また、本件根抵当権設定は専ら訴外会社のためになされたもので、右設定をしなければ原告が本来の事業遂行を為しえなくなるような必要不可欠ものでなく、むしろ本件根抵当権設定は原告の経済的基礎を危うくするものであると言わざるを得ない。

従って前記特段の事情は認めることができないから、本件根抵当権の設定は、定款所定の事業の範囲外の行為として無効である。

三そうすると原告の本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官金馬健二)

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